「小倉家」誕生秘話

小倉北区真鶴2丁目。
九州歯科大学そばに「かしわすき おばん菜 小倉家」はあります。

少しの写真とともに、これから小倉家が誕生する前の私の思いを書いてみようと思います。

小倉家のある場所に直前に入っていたのは、お肉の卸業者さんだったようです。
工事前の厨房は、こんな風でした。
工事がスタート。第二創業の始まりです。ドキドキワクワク♬
ポーチも外され、ここから少しずつ出来上がってゆくのですね。
業者の皆様、ありがとうございます。

さて、ここからは2019年2月に、COMPASS小倉様のご協力のもと、スタートアップ事業のモデルとして自己紹介を行った時にお配りした冊子の内容をそのまま載せたものです。

はじめに

この小冊子を開いて下さり、ありがとうございます。

はじめに少しだけ、私がどんな人間なのかを紹介させて頂こうと思います。

1974年12月生まれの寅年。

北九州市で生まれ育ちました。(2019年現在44歳。)おばあちゃん家で育った、「おばあちゃんっ子」です。

今でこそ、体力作りにとマラソンを楽しめるようになりましたが、小さい頃から高校卒業してしばらくまでは喘息を患っており、体力もなく、友達も少なく内気でした。

学生時代は小倉南区育ち。そのまま地元の高校を卒業して就職。

井筒屋の洋品部に勤めていました。

24歳で結婚出産。

二人目の子供が生後5ヶ月になった26歳の時に離婚。

たった2年の結婚生活です(汗)。

離婚してしばらく経った頃、ひょんなことから植物療法というジャンルがあることを知り、専門的に学ぶことに。 

「植物療法で、人々の心身の健康を守りたい!」

そこから現在の事業(ディア・ナチュラル)の創業計画が始まりました。

それがなぜ今、定食屋、居酒屋に挑戦しようとしているのか?
全くジャンルが違うにも関わらずです。

それはもう、いろいろな思いがありすぎて、本当はもっと分厚い本でも書けそうな気がするのですが、それでは読んで頂けそうにないので(笑)、これから5分程で読める程度で簡単に書かせて頂こうと思います。

第1章 2010年、目標達成!!

離婚してからは、昼は子供達を保育園に預け介護職、夜は託児所に預け夜の街へと、生活のために時間を問わず働いていました。

そんなある日、ふと目にしたフリーペーパーの広告「アロマトリートメント」の文字に、初めてアロマサロンへ行ってみました。

そこでセラピストさんが一言。

「杉原さんも、こんな仕事似合うと思いますよ。」

単純な私は、それをきっかけにアロマセラピーを学び始め、そうするとその原料植物のハーブが気になりメディカルハーブの世界へ。

途中からは「植物療法で、人々の心身の健康を守りたい!」と、創業を考えるようになりました。

そこで、当時まだ子供たちが小さかった私は、子供二人と私の3人分の「未来年表」を作ります。反対する親も旦那さんもいませんので、全ては計画通り(笑)

「このタイミングで試験を受ける。」

「このタイミングで物件を見つける。」

「このタイミングで申請をする。」

子供の成長とお金のタイミングなどを考慮しながら、3年計画を作り、それを月単位まで落とし込みます。

そして見事その通りに、2010年9月6日に株式会社 アジュレール登記。10月11日ディア・ナチュラル創業となりました。

第一目標はこれでクリアです。

「よし、ここからだ!!」

手前味噌ですが、当校は北九州唯一の日本メディカルハーブ協会認定校、福岡県内唯一のアロマトップインストラクター主催認定加盟校、そして私自身は福岡県内唯一の同有資格者であり、加えてハーバルプラクティショナーとしても北九州初。北九州及び近郊では、この三冠を持って運営しているのは当校だけでした。

そういった事もあり、HPやSNSでの告知やポスティングによるお知らせで、資格取得の講座への生徒さんはどんどん集まっていました。

第2章 自分の仕事に納得いかない!!

協会認定のカリキュラムを講義し、認定試験を受けていただき、ほぼ100%の方が合格。

アロマセラピーもメディカルハーブも、両分野共にどんどん有資資格者が育ち、「この方々の夢も、叶ってゆくんだなぁ」と嬉しく思っていた私ですが、しかし数年経ってみると、どうやらそうではないということに気づきました。

「なぜ、夢を持って資格を取ったのに、そしてそれを生かして仕事をしたいといっていたのに、そうしないのだろう・・・」

私は、自分の仕事に対して次第に疑問を抱くようになりました。

「私は資格を売りたいわけじゃないのに。」

そうなのです。

私は資格を売りたかったわけではなく、資格の内容を生かしてその人の人生を豊かにしたかったのです。でもそれができていない気がする。

私は資格取得以外のサービスを考え、提案することにしました。

第3章 試行錯誤と気づきの1年。

例えば具体的なアロマの使い方を学ぶ体験講座、未来の健康のための生活づくりを学ぶファスティング講座など、2015年あたりからはこちらの講座をメインに行ってきました。

特にここ2018年からスタートした「玄米を土鍋で炊いてみよう」という内容のお料理教室は、男女問わずお喜び頂け、やっと私が本来行いたかったサービス内容に近づいた気がしていました。

暮らしの中心となる「食」。

それを少し見直すことにより、将来の体が大きく変わる。

これを「大人の調理実習」のような形で行うことにより、美味しく楽しく健康づくりの意味を実感して頂けたことが、「直接食べて頂く」という事をもっと前面に出してゆきたいと思った、大きなきっかけとなりました。

そして2018年6月。

とあるご縁から金曜限定の「お母さんの元気屋台」という週一飲食店を運営させて頂く事となり、これが思っていたよりもとてもたくさんの方に来て頂ける事となり、心から感謝すると共に、さらに私の思いはグンと「食のサービス」へと傾きます。

そしてついに、ある日フェイスブックで「私、定食屋さんになる!」と呟いてしまいました。するとすぐに、「うちの隣、空いてるよ。」と、お世話になっている方からのコメントが。

早速翌日に見に行くと・・・

「やりたいな」が「やる!!」に変わった瞬間でした。

「これまで行ってきた「教える」ということを「食べて頂く」にシフトする事で、私が伝えたいことがスムーズになる!」

創業して8年もかかりましたが、やっと私がずっと行いたかった真のサービスの形を探し出すことができた気がしました。

第4章 8年がかりで私が学んだ最も大切なこと。

しかし私は、学生時代のアルバイトですら、まともに飲食店で勤めたことがありません。

あるのは20年間のお母さんとしての台所仕事の経験と、7ヶ月の「お母さんの元気屋台」の経験です。

だから私は、「飲食店に挑戦したい!」と思った瞬間、同時に「誰に相談しようか」と、助言頂けそうな方を考えました。

いえ、考える間も無くとある女性の事が頭に浮かびました。

会社を経営されており、同時に中小企業の起業支援に積極的に力を入れていらっしゃる方で、この方とはそもそも「食に関する記事」のご依頼でご縁を頂きました。FAISの百々美香さんです。

「うまく行く見込みと根拠はこうなんです!」という事を踏まえ、この方に素直に私の考えを打ち明け、最後に「どのような手順で形にしたら良いか分からないので、教えて下さい!」とお願いしました。

答えを待つ間も無く、「ではこの方を紹介しましょう。」とご紹介頂いたのが、今、力強く伴走して下さっている、株式会社 酔笑の矢野社長。

ここから一気に私の計画が、成功するための戦略を合わせ、どんどん加速していきます。 

店舗内の客席配置、厨房の作り方、ペルソナ設定やメニュー構成などからスタートし、実務的な部分ではレジや会計などのクラウド管理の考え方と方法など、私一人では到底行きつけなかったであろうレベルの事をどんどん勉強させて頂き、私の創業計画に組み込んでいます。

私一人の「飲食店に挑戦したい!」という私一人の想いが、今では「飲食店創業支援のモデルケース」となることを視野に、力強いご支援をいただきながら進んでいること、本当に感謝と感動でいっぱいです。

この度、このCOMPASS小倉でこうしてお話しさせて頂けたことも、実は館長の黒瀬様のご理解あってのこと。心より感謝致します。

ここで最後に、私が再確認した事をこれから開業を考える方々に、是非お伝えしたいと思います。

私がこの事に気づき、素直に行動に移せるようになるまで、8年もかかりました。だからこそ、目標、夢のある方々全員にいち早くお伝えしたい。

それは、

「分からない事、不安なことは、経験者に素直に聞く!」

恥ずかしがらず、「いい年なのに・・・」などという要らぬプライドは捨て、分からないことは「分からないから教えて下さい!」ということさえできれば、必ず道はひらけると思います。

百々美香さんに相談し、矢野社長に出会い2ヶ月。

お二人を中心とするたくさんの方々の素晴らしいご協力とアドバイスのもと、私の飲食店開業という第二創業の目標が達成されようとしています。

44歳お母さんの、飲食店開業という第二創業。

本番はこれからです。

まだまだこの先、初めての出来事が多いはずですが、それを楽しみながら、お店と共に成長してゆきたいと思います。

ここまで読んでくださったあなた様とも、この先ご縁が続きますように。

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